ハチミツ泥棒。

謎の大泥棒

昨日、テレビ録画用のハードディスクの復旧作業をしましたが、結果としては、復旧しませんでした。

ただ、ネットで調べながら、テレビ台の裏を開いて、あれこれ作業をしていると、それなりに時間がかかるもので、「次は復旧するかな」、「次は復旧するかな」と何回か試みるのですが、回を重ねるうちに段々と、「復旧しないかもな」と思えてきて、それに伴い、徐々に、データが消えている現実を、受け止められるようになりました。

ところで、私の好きな小説に、唐辺葉介さんの『死体泥棒』というのがあります。
タイトルからすると、おどろおどろしさと猟奇的なものを浮かべますが、そういった要素はありません。
個人的には、一番好きな小説の候補にあがるぐらい、好きな小説です。

データが復旧しないことを認識しながら、この小説のことを思い出していたので、ここで記載しようかと思いました。

以下にこの本の感想を書くと、多少ネタバレを含みますが、
この小説は、主人公の男性が生前まで交際していた女性の遺体を盗むシーンから始まります。
最愛の相手は、既に死んでいるのです。
だから、その後、どんなに小説のページをめくっても、未来にその人は生き返らないのです。
では、何をそんなに描くのか。
別に、取り立てたサスペンスがある訳もありません。
「うすら寒い」という語感が適切と思いますが、そんな主人公の生活や思い、行動が、短い間ではありましたが、唯一射した光のヒロインの死の前後で、描かれています。
最後のシーンは、奇跡が起きる訳でもなく、ヒロインの死の現実が改めて淡々と描かれています。

しかし、不思議にも小説の最期や読後に見えるのは、絶望のみではないのです。
不確かだけれでも、何も解決してくれないけれども、類を見ないほどの強烈なメッセージが、溢れて止みません。

なお、文章も少しだけ特徴的ですが、内面的なことをここまで的確に表現できる人も珍しいと思えるぐらい、非常によい文章が書いてあります。
時々見えるギャグ的な要素も、絶望の枠から抜けないときの皮肉めいたもので書かれていますが、笑えてしまいます。

私は、とてもよい本だと思っています。

という訳で、「録画データが消えた現実を受け止めるにも、時間と、現実と向かい合うことが必要だったのかな」と、思った次第です。

当たり前といえば、当たり前ですが、何だか感慨深いものです。

謎の大泥棒

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